【米国滞在記】高校卒業後20年以上のアメリカ生活、そして庄内へ戻ってきた

2016-10-20 / by Kaori Suzuki 
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アンダーバーは多様なバックグラウンドを持ち寄り、互いに刺激し合って力に変えていく場です。
今回は酒田の高校を卒業後、20年以上のアメリカ生活を経て酒田へ戻ってきたUNDERBARコワーカー鈴木香織さんに話を聞きました。異国の地で積み上げた鈴木さんの経験とスキルは、庄内にとって宝物。「もう無理だ」と何度も思った大学生活、「もうやるしかない!」と挑んだ初仕事など、貴重なお話が盛りだくさんです。是非ご一読ください。

〜My sweet home “San Francisco”〜 第二の故郷、サンフランシスコ

私はアメリカに20年以上滞在していましたが、その中で一番長く住んだのがサンフランシスコで一番好きな街でした。そんなわけで最初に私が長年住んだサンフランシスコを少し紹介したいと思います。サンフランシスコはカリフォルニア北部に位置する都市です。人口は約852,000 (2014年時点)で、東西の距離は約7マイル。1マイルが1.6キロなので約11キロということになります。車でも渋滞がなければ30分もあれば端から端まで行けます。そして「坂の街」としても有名で、ドライバー泣かせの難所が幾つもあります。中でもロンバードストリートが有名です。気候は地中海性気候なので日本とは全然違い、一年中気温の差があまりなくとても住みやすいところです 。ただあまり知られていませんが霧の街で、晴天の日より霧のかかったドンよりした方が印象に残っています。でもゴールデンゲイトブリッジにかかる霧は圧巻で、霧の濃い日にブリッジの先の赤だけが見える風景は美しいとしか言いようがありません。

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驚くのは夏です。夏と聞くと蒸し暑いというイメージですが、サンフランシスコの夏は寒い!です。(平均約18-20℃くらい)特に朝晩はとても寒く、いつも冬のジャケットを着て仕事に行っていました。それを物語るように「トム・ソーヤーの冒険」の著者として知られるマークトウェインはサンフランシスコに滞在した夏についてこんなふうに言っています。

“The coldest winter I ever spent was a summer in San Francisco.”
「私が過ごしたもっとも寒い冬はサンフランシスコの夏だ」

ちなみに気温が24°Cを超えるのは、年平均わずか29日だそうです。観光で行かれるなら10月か11月 がオススメです。サンフランシスコ近郊にはナパやソノマといったワイナリーがあるので秋の気持ちいい風を受けながらワインツアーなんていうのもいいかもしれません。他にも1960年代まで刑務所だったアルカトラズ島や、フィッシャーマンズワーフ、ヒッピーの発祥の地と言われる「ヘイト&アシュベリー」などもあります。 サンフランシスは日本からも飛行機で9時間程。ぜひ一度行ってみてください!

〜Believe in my potential〜 自分の可能性を信じて

私がコミュニティーカレッジ(短大)に入った時は英語力も乏しかったので、 まず自分で勉強できそうなクラスを選択しました。ESLのクラスはもちろんですが、数学のクラスも必修科目だったので、まずはそれらのクラスを取ることにしました。 当時の私は「短大」というと自分と同じくらいの歳の人たちだけが行くもの、と思っていたのですが 、クラスメートには40代、50代、60代といった方々が大勢いて驚きました。初めは、正直「先生たちか?」と思ったのですが、同じクラスメートでした。知らなかったのですが、アメリカでは何歳になっても自分が学びたいと思えば学校への道が開かれています。若い頃、様々な事情で大学に行けなかったけれど、時を経てまた学びたいという人たちの為に、特に「コミュニティーカレッジ」と呼ばれるものはまさに地域の学び場となっています。数学のクラスで隣に座っていた女性の方と一緒に勉強したのを今でも覚えていて、彼女は私に「あら、娘と同じ歳ね。」と言って笑っていました。何歳になっても学ぼうと思う気持ちと、それを受け入れる教育システムがあることは素晴らしいと思いました。

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私はその後大学に行ったのですが、卒業するために本当に勉強しました。一番大変だったのはレポートを書いてからのプレゼンテーションで、どのクラスでも一度はありました。人前でしかも英語でのプレゼン。何度も練習したけれど緊張で全て飛んだこともありました。でもそれが仕事で役に立ったのは事実で、今思えばやってよかったと思います。卒業式の日は泣いていたのですが、それはもうこれでレポートを書かなくてもいいのだ!と思っての嬉し涙でした。もう無理だと思ったことは何度もあるのですが、今更ながら卒業のため諦めずによくやったと自分を褒めてあげたいと思います。

〜Flexible mind〜 柔軟な考え方で

サンフランシスコは人口の約30%が外国生まれというデータがあり(2011年)さらにアジアからの移民が多いことでも知られています。そんな多人種、多文化を象徴するコンセプトを比喩的表現で”Melting Pot”といいますが 、最近は “Salad Bowl”という言葉もよく聞きます。サラダボールには、レタス、トマト、キュウリ、ハムなど、それぞれ違う食材 がお皿に入っていますが全体的にまとまっていて美味しいですよね。つまり”Salad Bowl”には、多人種、多文化が集まってそれぞれを主張しながらひとつの文化を作り出している、という意味があります。

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サンフランシスコの街を歩いているだけでそれは実感できるのですが、オフィスでも同じです。私が一緒に仕事をした同僚はコロンビア人、アメリカ人、韓国人、台湾人、フラジル人、日本人で、バックグランドも母国語も様々な人たちの集まりでした。もちろんみんな英語をちゃんと話しますが(アメリカ人はネイティヴ)多少のアクセントはあります。それをみんな受け入れて一緒に仕事をしていました。歳も関係なく先輩後輩もあまり厳しくありません。 それぞれが専門分野の仕事をして協力しあって仕事をします。もちろんそういう人たちの集まりだからこそ意見の食い違いや不一致があるのも事実です。私が経験して思うことは、アメリカに住むということはそういう環境の中でどう自分を表現し主張していくか、どうコミュニケーションを取るかというスキルを習得することだと思います。言葉も育ってきたバックグランドも違う様々な人たちの集まりの中では、柔軟な考え方を身につけなければ生活できません。そんな中でたくさん刺激のある経験を若い時からできたことは人生のプラスになりました。

〜Be positive〜 自信を持って

私が学生の頃、ある非営利団体でインターンシップをしたのが人生初の仕事になりました。そしてそこでの仕事は私にとって大変印象に残る経験となりました。私の最初の上司はアメリカ人の女性で、私は3ヶ月のインターンシップを終えてその後もその方のアシスタントとしてお仕事をさせてもらえることになり、とても張り切っていましたが、仕事の経験は全くないに等しい状態でした。そんな時、日本のオフィスから10人程の方がサンフランシスコ支部視察のため来られるというお話を聞きます。その時私の上司は、私が日本人だということもあり、その視察すべてのコーディネートを任せると私に言います。当時の私にとっては大役です。それと同時にミーティングなどの通訳も任せるというのです。もちろん英語はそれなりに話せましたが、通訳は全然違うスキル。今まで一度も挑戦したことがない分野で、私は正直に「自信がありません」と彼女に申し出ました。すると彼女は、”I know you can do it. Don’t worry.” とだけ言って後はあなたのプロジェクトね、と一言。「もうやるしかない!」と思いました。

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それからはその視察の必要な手配やミーティングの段取りなどをコーディネートし、緊張しながらも通訳などをこなしました。全て終わって空港で皆さんを見送った後、ホッとしたのを今でも覚えています。その後上司は、”See, I told you that you can do it. Good job!” と言ってくれました。その言葉と、彼女が私を信じて任せてくれたことがとても嬉しかったです。あの最初の仕事がアメリカで仕事をする自信になり、そして「自信を持っていろんなことに挑戦してみよう!」精神が芽生えたと思います。アメリカは実力社会で経験と行動力が大事。ボランティア活動も沢山したし、好機があれば転職もして、国際的な環境で様々な方とお仕事ができたことは本当に良い経験でした。

〜The last but not the least〜 最後に

私がアメリカに行ったのは1989年春。当時はインターネットも携帯もない時代。メディアや書籍などから情報を得て、中学生の時からアメリカに行ってみたい!という思いは人一倍強かったと思います。山あり谷ありで様々なことがありましたが「自信を持っていろんなことに挑戦してみよう!」精神で乗り切りました。これからもこの精神を忘れずに、これからは日本で、何歳になっても沢山のことにチャレンジしていきたいと思っています。

これから庄内でどんなビジネスができるかワクワクしながら考えていらっしゃるという鈴木さん。短い時間では語り尽くせぬたくさんのお話をまだまだ持っておいでだと思います。鈴木さんは現在アンダーバーを定期的に利用くださっています。アメリカ生活を経たユニークな視点から何かヒントをもらえるかもしれません。是非鈴木さんに会いにアンダーバーに遊びに来てみてください!

■writer's profile

Kaori Suzuki

Kaori Suzuki

鈴木 香織

酒田市出身。高校卒業後単身アメリカへ。コロラド州からカリフォルニア州に移り、昨年帰国。酒田ではTOEICクラスや大人の英会話など、英語に関わるビジネスを考え中。

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